SPACE ANTENNA SEVEN

フリーランスナレーター&DJ nanakoのブログです。

今年も12月18日がやってきまして

この日をどうすごすか。

仕事ばっかなのでもっぱら一人でずっとジョンヒョンのことを考えているだけですが、でもTwitterで公式のみならず今でも各メディアが追悼してくれていることに暖かさを感じています。自分一人の気持ちではないのだなと、今でも多くの人にとって必要な存在で、大きな出来事だったのだと痛感します。

 

新しいエピソードをジョンヒョンと仲のいい方たちが話してくださるたびに「ジョンヒョンってそんな人なんだよね」と友達でもないのに共感したりしています。

 

12月19日(月)私が担当しているラジオの生放送でシャヲルのリスナーさん方からメッセージをいただきました。

ジョンヒョンとSHINeeへの想いを私に届けてくれることが本当にありがたかったです。

ラジオで「SHINee」がずっと好きと言い続けて10年以上になりますが、こんな風に電波越しに思いを重ねることができるとは思わず、そういう場を作れたことをパーソナリティとしてもうれしく思います。

 

リクエスト「2:34」と「Our Spring」本当は同一アーティストは一日に一曲なんですがどうしてもリスナーさんのお気持ちにこたえたくて2曲続けてお届けしました。

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5年っていわれたって、つい昨日のことのようです。

時計を見て、今頃ジョンヒョンはどんなきもちだったのかな、今はまだ生きてるんだな、お姉ちゃんにメールをしたのかな・・・とか、チューニングを合わせれば今でも簡単にあの日の真っ暗闇の中に引き戻されます。

 

さすがにあの出来事を「信じられない」ということはないけど、それでもジョンヒョンは今のコロナ禍をどうとらえただろうか、すごく心を痛めただろうけど彼なりの距離感でメッセージを発信し続けていてくれただろうな、とか、オンラインライブでもオリジナリティあふれる表現を届けてくれただろうな~とか。

ジョンヒョンがいない生活はやはりありえない、という気持ちと一緒に今も過ごしています。

そんなかんじで今日もジョンヒョンのことが大好きです。

 

2018年に入りドーム、ファンミ、それからバタバタと兵役があって、その間もソロ活動とかファンミーティングとかありましたが、改めて「SHINee」のファンであることの自分の気持ちに向き合うことができる2023年になりそうです。

また5人にあえるのが楽しみです。

 

12月20日なので、2014年の今日に公開されたColorfulを。

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当時のことを少し。

2017年12月23日仕事終わってから弾丸で韓国に行きました。

なにができるわけじゃないけど、そこにいないのもわかってるけど、とにかく少しでも近くに、彼を感じられる場所にいきたかった。

(テレビで言ってた菅さんの安倍さんに対する言葉にめっちゃ共感した)

仁川空港が雪で着陸できずフライトに12時間以上かかり、帰りの飛行機も飛ばず帰れずCOEXに行くバスもダイヤが不安定で韓国にいる間は時計に振り回されずっとダッシュ、気づけば一週間ぶりにおなかがへってご飯が食べられました。

ジョンヒョンに笑え!と言われてるような、悲しみよりも滑稽さが上回った旅路で、クリスマスだということもすっかり忘れてたなあ。

日帰りで帰るつもりがまさかの1泊3日、成田についたのは12月25日でした。

思わず長く韓国にいることができてこれはこれでよかったのだ。

そしてめちゃくちゃ疲れてよく眠れました。

ありがとうキムジョンヒョン。

 

キムジョンヒョン退勤ごっこをしました。

あの時の警備員さんカムサハムニダです。